自分のこと

間もなく78歳を迎える時期なりました

拝啓 新緑の素晴らしい季節になりました。 愛犬ハナが無事天寿を全う(19年1ケ月生存しました3月22日死亡)して、自宅整理でご報告が遅れていましたが、昨年3月10日に私は単身で転居いたしまして、愛犬ハナと住み慣れた家にずっと暮らしていたワイフ美佐…

私のMISSION

やっと残暑の厳しさが和らぎ、秋の気配を感じる季節を迎えました。 みなさんご健勝でしょうか? 私は6月下旬より18日間、4年ぶりにアメリカ西海岸を旅して来ました。 おそらく、もう、アメリカには来ない、行かない。 思い出して約35年80回延べで約800日…

皆さんお代わりございませんか?

ご無沙汰いたしておりましたが、元気にゴルフなどをしております。あっ…先日、ゴルフ場の階段で踏み外し転倒しました…が、単なる捻挫ですみました。(苦笑) 「民主党に物申す」などを書き皆さんに私見を述べてきましたが、最近face bookに加入して500名を超…

暑中お見舞い申し上げます。

少し例年より涼しい気がします。拙宅は六甲山の麓に(海抜300m)にある所為か今のところ私の部屋の温度夜25度程度で扇風機も要らない。しかし、私はこの自宅を来年には引越しをして、生活に便利な六甲アイランドの賃貸マンションに引っ越す予定です。これは…

平成23年7月1日に伝えたい私の想い。

連日何十年振りの猛暑が報道され「オール電化」のコマーシャルが消え「節電15%」が謳われています。さらに「原発廃止」のキュプレキコールが世論であるか如くこだまして暑い、暗い、夏を送らねばならないとクーラーを切り扇風機をタイマーで設定して寝間着…

何となく75まで生きにけり

今、田中清玄自伝を読んでいます。田中清玄(1906−1993)は東大大学中に共産党に入党し獄中に転向大物フイクサーとして日本国内はもとより中東やインドネシア、中国など国内外で活躍した。田中清玄自伝 (ちくま文庫)作者: 田中清玄,大須賀瑞夫出版社/メーカ…

最後のミッション

来週の5月25日で75歳を迎えます。 すでに後期高齢者医療保険証が届きました。もはや会社の厚生健康保険受給証も5月24日で終了です。現在は体調に異常はなく去る12日のゴルフ会合で98のスコアがでて、本年はじめて100が切れて喜んでいます。しかし、75歳は現…

あの頃…

←1980年広野ゴルフ場にて 自宅を設計してくれた田中裕氏と。 1983年自宅完成時、家族全員で記念写真↓

同志社時代(3)

最後に、土井たか子さんについて触れなければなるまい。土井さんと知り合ったのは確か彼女が昭和33年頃に同志社大学法学部憲法の講師になり、2年後輩たちを担当されたことで、後輩から紹介を受けた。私の結核が再発して、就職を断念し昭和35年(1960)に一留…

同志社時代(2)

大学の3回生になると法学部自治会から同志社学生健康保険の第3代委員長に選出された。私も軽い結核しかかったこともあったが、当時の学生生活は社会保険制度も完備できなくて、十分な治療が受けられず退学する学生も多かった。そこで治療費50%を保障する学…

同志社時代(1)

一浪した昭和30年夏、父の常治が死んだ。その頃から、石田の実家の商売だった神戸中央市場中卸業が軌道に乗り始めていたこともあり、経済的に心配しないようになった。幸い同志社大学法学部に無事入学でき、鈴蘭台の実家から通うには3時間かかるため京都で下…

春を迎えて

考えてみれば今日まで元気で生きれたものです。「昨日、今日、明日は幻想である。」アインシュタインは言っている。時折その時に感じた雑感を送れることに感謝したい。笑読してください。 皆様お変わりありませんか? 私事ですが、去る3月6日に会社勤務して5…

フレッド・イサム・ワダ(Fred Isamu Wada)

やっと梅雨明けましたが、皆様おかわりありませんか? 今朝、産経新聞を読んでおりましたら、第二次世界大戦終了後の水泳界で次々と世界記録を打ち立てて「フジヤマのトビウオ」の異名を取った古橋広之進逝去に伴う添付のような記事が記載されていました。そ…

73歳を迎えて、新たな挑戦

新緑の候、貴方さま、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。日頃は大変お世話になっております。 さて、この5月25日の誕生日に73歳を無事迎えることができました。昭和60年(1985年)に心臓(心房中核欠損症)を手術した際、抜刀医から「これで20年を…

兵庫高校時代

昭和27年(1952〜1955)から30年まで15歳〜18歳の時代。昭和27年より受験制度が変わり中学区制敷かれ、われわれから兵庫区内であればどこでも受けられるように成った、したがって成績では順番に良い学校に行ける今の制度の始まりである。 山田中学の卒業生は…

山田中学時代の想い出

当時(昭和24年4月〜27年3月頃)は、現在の鈴蘭台の駅前徒歩3分ぐらいの住んでいた。入学したのは山田中学校であったが、山田中学校は鈴蘭台高校に間借りしていて、3年生の2学期まで鈴蘭台高校に通学していた。小部小学校卒と藍那小学校卒、約100名位在学し…

小学校の想い出

小学校に入学したのは第二次世界戦争のさなか昭和18年4月である。当時住んでいた場所が兵庫区の船大工町で現在の神戸中央卸売市場の北側の50mにあり、私の生家でもある。入学したのは神戸市立道場小学校である。1〜2年生の想い出は記憶にはほとんどない。た…

古希の心境

平成18年5月25日で70歳を無事迎えることができた。人生50年時代から思えば正に古希である。 敗戦の年は9歳でアメリカ軍の空襲を浴び、神戸の下町を逃げまわり防空壕に避難する経験や戦後の食糧難で青洟をたらし、かぼちゃやジャガイモで飢えをしのいだ子供時…

春を感じて

新しい年度になった。 さくらの花が咲く素晴らしい春がきた。4月4日現在花冷えか、寒さがぶり返すが、春は春だ、満開になったさくらが長持ちして楽しませてくれる。 おかげで心配していた体調もすこしづつ戻ってきた。ゴルフを再開したい気分になる。 古い話…

マダマダからマダへ

最近体調が優れない。目がなんとなく霞む、けだるい、本がが読めない、テレビをみてても続かない。医者にいってもよくわからないのか、ハツキリしない、どうも年齢的なものかも知れない。「マダマダ」と思っていたし、考え方もマダマダ元気と無限大に近い「…

最近考えていること。

この秋9月は昨年同様に猛暑がきつく、毎日寒暖計をながめては冷房機を回す有様であった。9月も半ばを過ぎ、相変わらず残暑はきびしかったが朝晩少し涼しさを肌で微妙に感じ始めると「小学生が夏休みの宿題を忘れなんとなく後悔しているような後ろめたさ」の…